高額な免疫・遺伝子治療が増える中、誰がどのように治療費を支払うのか?

患者一人当たり数十万ドル、さらに言えば数百万ドルの費用がかかる免疫・遺伝子治療は、これまでにほんの一握りしか開発されていませんでした。しかし、実際には「ほんの一握り」というのは、もはや正しい表現ではありません。すでに利用拡大が進んでおり、中期的には増加傾向にあります。

それでは、どのようにして個人がそのような治療を受けられるようにするのでしょうか?誰が支払いを行うのでしょか?政府?保険会社?それとも、再保険会社?

すべての関係者の間で、議論が本格的に始まっています。当記事1ではがんに対するCAR-T細胞遺伝子治療を概説し、新しく革新的な生命保険商品を含めた高額治療の金銭的負担に対するソリューションをめぐる対話の場を開くことで、これらの議論の一助となることを目的としています。

遺伝子治療

遺伝子治療は基本的に個別化された医療であり(現在の腫瘍学の中では小さな領域だが増加傾向にある)、特定の進行がんや一部の希少疾患および遺伝性疾患のために開発され、個人または少人数の患者グループに合わせて調整されます。以下の例に示すように、一人当たりの治療費は従来の医療費をはるかに超えています。

免疫療法: 体内の免疫システムが、がん細胞を見つけて戦うのを助けるがん治療法。

遺伝子治療: 一部のがん(CAR-T細胞療法など)や先天性疾患を含む、さまざまな疾患を治療するために、細胞に(有益な)遺伝子を挿入する治療法。

CAR-T細胞療法: 患者のT細胞(免疫系細胞の一種)の遺伝子を改変することにより、がん細胞を見つけて戦うようにする治療法。

CAR-T細胞治療 – KYMRIAH®(キムリヤ)およびYESCARTA®イエスカルタ)のご紹介

2017年末、米国食品医薬品局(FDA)は、遺伝子組み換えヒト免疫細胞を用いた進行期のがん患者を対象とした2つの遺伝子治療薬「CAR-T細胞療法(下記参照)」を初めて承認しました。この2つの治療法は、現在、欧州医薬品庁(EMA)およびカナダ保健省によっても承認されています。その費用は、患者ごとに個別に対応しなければならない高度な調合と高額な管理コストを反映しています。例えば、カナダではコストそのものについて、政府と製薬会社の間で議論となっています。

ノバルティス社製の「KYMRIAH®(Tisagenlecleucel)」は、 難治性のB前駆細胞急性リンパ性白血病(ALL)を患う25歳未満の患者を対象として、FDAから承認を得ています。

米国国立がん研究所の推計によると、米国では毎年、約3,100人の20歳以下の患者がALLと診断されています。これにはB細胞由来のものとT細胞由来のものがありますが、B細胞が最も一般的です。患者の約15%~20%、年間300~600人の患者が、このタイプのがんに対する従来の初期治療に効果を示さないか、再発すると推定されています2

KYMRIAH®のコストは1症例あたり約47.5万ドルです。

YESCARTA®は、カイトファーマ社が開発し、FDAの承認を取得しました。本剤は、KYMRIAH®と同じ原理で、難治性または再発性の大細胞型B細胞リンパ腫3,4(最も一般的な侵襲性非ホジキンリンパ腫)の成人患者に使用することができます。

米国において、YESCARTA®治療の候補患者数はKYMRIAH®よりもはるかに多く、年間約7,500人に上ります5。費用は1症例あたり約37.3万ドルになります。

50 万ドル
CAR-T細胞療法の一人当たり治療費の目安

 


CAR-T細胞療法

キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)は、個々にプログラムされた複雑な細胞ベースの抗がん”薬“であり、治療を受けた患者の体内で強化され、持続することができるという優れた特性を持っています。

CAR-T細胞療法は特定のがんを治療するための、最も重要で効果的な新しい開発のひとつです。この療法は難治性の非ホジキンリンパ腫や再発小児急性リンパ性白血病(ALL)の標準治療としてFDAの承認を受けており、その他の血液がんに対しても臨床試験が行われています。これらの治療法は「適応外」として承認されていないがんにも、すでに使用されています。

CAR-T細胞療法の臨床開発はリンパ腫や白血病に対して最も進んでいますが、前立腺がん、非小細胞肺がん、肉腫、多発性骨髄腫などの固形がんへの使用の研究もますます進められています6,7

その過程は?

CAR-T細胞治療はほとんどのがん治療法が患者ごとに似ている、例えば組織型や病期などにもとづいた最小限のバリエーションで行われるもの、とは対照的に個々の患者に合わせて行われます。

患者自身のTリンパ球(T細胞)は、ロイカフェレシスと呼ばれる方法で分離されます。その後、T細胞は活性化され、専門の研究所で人工T細胞受容体を発現するように(ウイルス移入を介して)遺伝子操作され、腫瘍表面に存在する抗原を標的とするようにプログラムされます。CAR遺伝子導入により改変されたT細胞は、その後、前治療を受けた患者の静脈内に、効果的に「生きた、個々の患者に合わせて調合された薬」として1回の投与により戻されます。CAR-T細胞が腫瘍の抗原に出会うと、シグナルペプチドを介して活性化され、増殖し、がん細胞に対して細胞傷害性を発揮します。

腫瘍細胞を免疫システムで見える化する

このように、従来のがん治療の中心的な問題は、少なくとも部分的には解決されたように思われます。それまで人間の免疫システムでは「見えなかった」腫瘍細胞が、人工的な受容体によって「見える」ようになりました。つまり、CAR-T細胞は抗体媒介免疫とT細胞媒介免疫の利点を組み合わせたものと言えます。CAR-T細胞はいったん活性化されると、増殖し、腫瘍細胞が消失した後も患者の中で一定期間持続することができます。したがって、この治療法は、がんが再発した場合にも治療効果を保証できると考えられています。

FDAの承認取得に向けた研究基礎

KYMRIAH®(Tisagenlecleucel)は近年、欧米、日本、オーストラリアの25の異なる施設で実施された小児を対象とした国際共同治験「ELIANA」にもとづいて、FDAにより承認されました。その結果、63例中52例(83%)では、投与後3ヶ月以内に完全寛解が達成されました8。従来の化学療法、放射線療法、幹細胞移植による治療を受けた患者群では、通常、5年以上生存する確率は10%以下であることから、この結果は注目に値します9

FDAがYESCARTA®を承認したのは、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫を患う101人の患者を対象としたZUMA-1試験の第2フェーズで見られた82%の奏効率と同様の結果に基づいています。治療後8.7ヶ月の追跡調査の中央値でも、患者の39%が完全な腫瘍寛解を示しています4。従来の治療法で難治性の大細胞型B細胞リンパ腫患者を治療した場合、生存期間の中央値は約6カ月なので5、ここでも従来の治療法と比較した場合の成功は際立っています。

副作用と未知数

今回の試験結果は我々に望みを与えてくれるものではありますが、一方で、これらのCAR-T細胞療法では死亡を含む重篤な副作用が観察されています。現在のところこの治療法は導入初期段階にあり、副作用や長期的な結果に関する十分な情報は得られていません。

例えば、極めて重要な研究であるELIANAおよびZUMA-1の輸液投与後1ヶ月間では、KYMRIAH®(79%)とYESCARTA®(94%)でサイトカイン放出量の増加(サイトカイン放出症候群、CRS)が観察されました10,11。ほとんどの患者の場合、CRSの症状は軽度でインフルエンザのようなもので、発熱や筋肉痛を伴うものでした。しかし、免疫システムの過剰反応により非常に高濃度の炎症性サイトカインが放出されると、全身の心血管疾患や多臓器不全を引き起こし、死亡に至ることがあります。本研究では164名の患者にステロイドを投与したにもかかわらず、CRSによる致死的結果が6例報告されています12。 さらに、治療を受けた患者の31%(ELIANA)と18%(ZUMA-1)に、脳症、失語症(言語障害)、せん妄などの重篤な神経学的副作用が認められました。

これらの副作用のメカニズムはまだ完全には解明されていません。また、治療に反応しない患者がいる理由も不明です。ネイチャーバイオテクノロジー誌によると、研究に使用された投与量は、奏効率やCRSの重症度、その他の示唆との明確な相関関係はなかったとのことです13

また、これらの治療法が確実な治療法なのか、寛解の延長なのかはまだわかっていません。

さらにCAR-T細胞は、対応する標的を持つすべての細胞、つまり健康な細胞と疾患を持つ細胞の両方を破壊します。長期的に治療を受けた患者に、より大きいダメージを与えるかどうかについては明確ではありません。


がんや希少疾患の遺伝子治療が増加する見込み

すでに承認された2つのCAR-T細胞療法が、続いて、他のがんや他の患者集団に対する治療法としても承認されつつあります。

図1に示すように、CAR-T細胞療法の臨床試験の数は飛躍的に増加しています。大部分がまだ第1フェーズと第2フェーズの段階にあるものの、2017年末時点では、世界中で合計300のCAR-T細胞試験が登録されています12,14。2017年だけでも87件の研究が追加されました。

1: 1997年以降の世界中のCAR-T細胞臨床試験の開発に関する、年間の試験開始数および現在進行中の合計試験数。出典: 12,14

製薬業界は新しいCAR-T細胞療法の開発に多額の投資を行っており、例えば、グラクソ・スミスクライン(GSK)、ノバルティス、ギリアドの3社による投資額は、合計で2桁億ドル台に達しています15 。そのため、コストのかかる新しいCAR-T細胞療法は、中期的には他のがんの治療法として承認される見込みです。

同様の傾向は、世界人口の3.5~5.9%が影響を受ける希少疾患の遺伝子治療においても見られます16,17

CAR-T細胞治療やその他の遺伝子治療が中期的に急速に拡大することが予想される中、革新的な高額治療の金銭的負担に対するアプローチの必要性など、製薬会社、医療提供者、および保険会社にとって新たな課題が出てくることが予想されます。

Marc Archambault, CEO Life & Health, PartnerRe

資金面での考慮事項

支払いの分散:遺伝子治療の高額な費用は多くの場合、一括払いおよび/または期限が短期間の支払いとなります。この点のみにおいても、これらの治療法の利用が増加することは、医療提供者および/または保険会社にとって深刻なバランスシート上の脅威をもたらし得ます。この問題を克服するために、一部の医薬品は分割払い(例えば、5年以上)を受け付けています。

節約の可能性:ここで重要なのは、これらの治療法の費用は非常に高い一方で、これらが真に病を治療する方法であれば、血友病のような場合には、継続的な治療費と比較して出費を抑える可能性があるということです。

失敗した治療法のリベート:同時に(従来の治療とは対照的な)遺伝子治療は、(現在、ほとんど知られていないが)効果がないことや重篤な副作用を伴うことが判明した場合には、治療を中止したり、元に戻したりすることができないことを考慮しなければならないため、治療費が継続的に積み重なるリスクがあります。また、従来の治療に戻る必要があることや、治療に起因する重篤な副作用を治療する必要があることにより、総費用がさらに増加する可能性があります。

功を奏さなかった治療費のリベート(払い戻し)は、例えばYESCARTA®を開発した製薬会社が提供しているように、この解決策のひとつです。このような結果ベースのモデルでは、成功と失敗の基準、(治療によって引き起こされた)重篤な副作用とリベートの扱い方について、製薬会社、医療提供者、保険会社の間で事前に合意する必要があります。

お問い合わせ先

高額治療の金銭的負担に対するアプローチにより将来的に最も実行可能で持続可能な方法が示されたとしても、革新的な生命保険商品および再保険は重要な役割を果たす立場にあります。

PartnerRe社では、遺伝子治療のための将来のリスクソリューションを具体化する議論に関われることを心待ちにしております。このトピックについてご相談がございましたら、弊社までお問い合わせください。

Harald Braun
Interim CEO, Life and Health Asia Pacific
harald.braun@partnerre.com

Dominique Bruneau-Dansan
Chief Medical Underwriter, Life & Health EMELA
dominique.bruneau-dansan@partnerre.com

Susan Hutchison
Vice President of Underwriting and Chief Underwriter, North America Life
susan.hutchison@partnerre.com

Chris Shanahan
President, US Life
chris.shanahan@partnerre.com

Jorge Reyes
Senior Medical Expert Latin America, Life & Health EMELA
jorge.reyes@partnerre.com

Gilles Thivant
Head of French Life Market, Life & Health EMELA
gilles.thivant@partnerre.com

寄稿者

Dr. Achim Regenauer, Chief Medical Officer, PartnerRe

Editor: Dr. Sara Thomas, PartnerRe.

この記事は、一般的な情報、教育、ディスカッションのみを目的としており、PartnerRe社またはその関連会社の法的または専門的なアドバイスを構成するものではありません

参考文献

1Adapted from (and for more details): Gene Therapy for Cancer – A New Dimension and Challenge for Insurers. Achim Regenauer, MD J Insur Med 2019;48(1):58-64 doi: 10.17849/insm-48-1-1-6.1
2US Food & Drug Administration. FDA News Release. FDA approval brings first gene therapy to the United States. Accessed on August 30, 2017. https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-approval-brings-first-gene-therapy-united-states
3US Food & Drug Administration; FDA approves tisagenlecleucel for adults with relapsed or re- fractory large B-cell lymphoma. Accessed on May 3, 2018. Available at https://www.fda.gov/ Drugs/InformationOnDrugs/ApprovedDrugs/ ucm606540.htm https://www.fda.gov/drugs/resources-information-approved-drugs/fda-approves-tisagenlecleucel-adults-relapsed-or-refractory-large-b-cell-lymphoma
4ZJ Roberts, M Better, A Bot, MR Roberts, A Ribas. Axicabtagene ciloleucel, a first-in-class CAR T cell therapy for aggressive NHL. Leukemia & Lymphoma. 2018;59:1785-1796. doi: 10.1080/10428194.2017.1387905 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29058502
5Gilead Sciences, Inc. Gilead Press Release. Accessed on October 18, 2017. Kite’s YESCARTA™ (Axicabtagene Ciloleucel) Becomes First CAR T Therapy Approved by the FDA for the Treatment of Adult Patients With Relapsed or Refractory Large B-Cell Lymphoma After Two or More Lines of Systemic Therapy https://www.gilead.com/news-and-press/press-room/press-releases/2017/10/kites-YESCARTA-axicabtagene-ciloleucel-becomes-first-car-t-therapy-approved-by-the-fda-for-the-treatment-of-adult-patients-with-relapsed-or-refrac
6E.g: Adoptive T-Cell Therapy for Solid Tumors. Yeku, O. et al. doi: 10.14694/EDBK_180328 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28561728; CAR T Cell Therapy of Non-hematopoietic Malignancies: Detours on the Road to Clinical Success. Long, K.B. et al. doi: 10.3389/fimmu.2018.02740 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30559740
7E.g: Genome-wide CRISPR–Cas9 screening reveals ubiquitous T cell cancer targeting via the monomorphic MHC class I-related protein MR1. Crowther, M. et al. Nature Immunology 2020. https://www.nature.com/articles/s41590-019-0578-8
82017 European Hematology Association (EHA) Annual Meeting: Updated CTL019 ELIANA Data Show Durable Remission Rates in Children, Young Adults With Relapsed/Refractory B-Cell ALL. Accessed on June 27, 2017. https://www.ascopost.com/News/57781
9Press release by Novartis; Novartis pivotal CTL019 6-month follow-up data show durable remission rates in children, young adults with r/r B-cell ALL. Accessed on June 23, 2017. https://www.novartis.com/news/media-releases/novartis-pivotal-ctl019-6-month-follow-data-show-durable-remission-rates-children-young-adults-rr-b-cell-all
10US Food & Drug Administration. Prescribing information YESCARTA. https://www.fda.gov/files/vaccines%2C%20blood%20%26%20biologics/published/Package-Insert—YESCARTA.pdf
11US Food & Drug Administration. Prescribing information KYMRIAH. https://www.fda.gov/downloads/BiologicsBloodVaccines/CellularGeneTherapyProducts/ApprovedProducts/UCM573941.pdf
12Bundesinstitut für Arzneimittel und Medizinprodukte (BfArM) Bulletinzur Arzneimittelsicherheit; Edition 4; (cited 2017 December), page 31-35 https://www.bfarm.de/SharedDocs/Downloads/DE/Arzneimittel/Pharmakovigilanz/Bulletin/2017/4-2017.pdf?__blob=publicationFile&v=6
13US Food & Drug Administration. FDA News Release. FDA approval brings first gene therapy to the United States. Accessed on August 30, 2017. https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-approval-brings-first-gene-therapy-united-states
14Hartmann, J. et al. Clinical development of CAR T cells— challenges and opportunities in translating innovative treatment concepts. EMBO Molecular Medicine. Accessed on August 1, 2017. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28765140 https://www.embopress.org/doi/10.15252/emmm.201607485
15Dolgin E. Epic $12 billion deal and FDA’s approval raise CAR-T to new heights. Nature Biotechnology. 2017;35:891-892. doi: 10.1038/nbt1017-891
16I Arons. The Economics of Gene Therapy. Nature. Accessed on June 2016. Available at https://theophthalmologist.com/subspecialties/the-economics-of-gene-therapy
17Estimating cumulative point prevalence of rare diseases: analysis of the Orphanet database. European Journal of Human Genetics, 2019. https://www.nature.com/articles/s41431-019-0508-0

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